おすすめの本の紹介 ⑤
「川べ」へ帰るとき 大澤桃代
心が不安に揺れるとき、ざわついて乱れるとき、戻りたい場所があります。帰りたい世界があります。
それがケネス・グレーアム作、石井桃子訳の『たのしい川べ』す。この一見地味なファンタジー小説は、川べで生まれ育ったわたしにとって、ファンタジーというよりリアルに近いもので、一ある種の精神安定剤となっているのかもしれません。
このお話は、動物と人間が共存する世界です。モグラの出立で始まり、ネズミとの友情、大金持でわがままなヒキガエルの冒険を経て、アナグマの策略によりヒキガエルの屋敷が取り戻されるまでが描かれています。
デフォルメされた動物たちが、人間界での役割を引き受けているのは確かですし、そういった読み方も大変興味深いですが、分析や考察は他の方にお任せしましょう。わたしがこのお話から受け取るものは、お話そのものの面白さと、自然界への畏怖、尊敬、感謝、愛情ですから。
お話は情景描写をふんだんに盛り込みつつ、ゆっくりと進みます。モグラが初めて出会う川の流れ、その描写は新鮮な驚きに溢れていて、何回読んでも飽くことがありません。このテンポが心地良いのです。
特筆すべきは「あかつきのパン笛」の章です。石井桃子よれば、後で書き足された章で、賛否両論あるようですが、わたしは一番好きです。モグラとネズミがカワウソの子を探し、その子が「パンの神」に守られ無事でいることがわかる場面は、激しくも静かで優美で厳かです。そして最後にパンの神の与える「おくりもの」、その深すぎる配慮にはため息しか出ません。
このお話は、もともと作者のケネスが幼い息子さんのために語ったものを起こしたものです。息子さんはヒキガエルのところが大好きで、喜んで聞いていたといいます。そこで、わたしも我が子らに聞かせました。そうです、寝る前の読み聞かせです。結果、三分もたたず子どもらは爆睡、いつまでたってもネズミさんにもヒキガエルさんにも会えませんでした。しかも、まったく覚えていないようです。一方わたしはわたしで、夢中になって読んでいて子らが寝たことにも気が付かず……この親にしてこの子らありです。
?十年も前の良き思い出です。