【合同ミーティングをやりました】
◎なんか、コロナに気を取られているうちに、節分、立春と、いわゆる「暦の上では春」となりました が、それよりも緊急事態宣言の延長という方に目も耳も向きます。延長自体に反対する人は少ないでしょうが、多くの人が言うように、「延長して(その間)どうするのか」という方策が相変わらずほとんど見えてきません。PCR検査の拡充とか、医療関係に対する大胆な補助とか、素人が考えても必要な措置が取られないのは、今の政権の無策とか能力不足とかいうのではなく(それもあるでしょうが)、結局オ リンピックやりたさで、それも決してアスリートのためとかでもなく、そこにまつわるさまざまな利権のため、としか思えません。そして、ワクチン接種でそれなりに落ち着き、例え無観客でもオリンピッ クが開催されれば、どうせ国民は今のような政権批判など忘れるだろう、とタカをくくられているのだ と思います。正直、またそんなふうになってしまうのかもしれないという気持ちが僕の中にもあり、自分の「民度」の低さとも闘わなければならないのかもしれません。
◎さて、先週の土曜日、1月30日ですが、各部・委員会合同ミーティングが、リモートで開催されました。
協会には会報部、事業部など10の部と、「子どもと読書」「子どもと平和」の二つの委員会があります。部と委員会はどう違うのかはそれなりに厄介で、今はパスしますが、ともかく全部で12の部・ 委員会があるわけです。そして少ないところで5名、多いところだと10名ほどの部員(委員)がいます。平均すると7、8人くらいでしょうから、全部で100人くらいでしょうか。但し、一人で二つの部・ 委員会を掛け持ちしている人もいるので、多分実質80人前後かと思います。
この各部・委員会のスタッフが二年に一回、一堂に会するのが「各部・委員会合同ミーティング」です。これが開かれるようになったのはそんなに前のことではなく、協会創立60周年の2006年度からで、なぜそれまでなかったかというと、以前は部や委員会のスタッフになるような人は大体協会の全体像が分かっていたし、部員同士も知っている場合が多かったのだと思います。しかし、60周年というより50周年あたりからは新しい会員も多く、部員・委員になって自分の部・委員会の仕事はわかるにしても、他の部・委員会が何をしているのかよくわからない、というような状況がありました。そうした中で、合同ミーティングをやろう、ということになったわけです。他の部・委員会のことを知れば、自分の部・ 委員会がやっていることの協会全体の中での位置づけも見えてくるわけですから。
最初の5年間は毎年やっていたのですが、2010年度からは役員改選(部や委員会のメンバーが交替する)の年度だけにして、奇数年度の1月には新入会員の集いをやるという現在のパターンになりました。
【で、今回は……】
◎で、今回は合同ミーティングとしては、もちろん初めてリモート開催になったわけですが、前半は僕が75周年記念資料集のことを話し、榎本秋さんがリモートの会議や講座に関する技術的なことも含めた入門編のような話をしてくださり、後半は各部・委員会に分かれてミーティング、そして最後はいくつかの部からのアピールというプログラムでした。
◎僕の話は上記のように75周年周年記念資料集をめぐってということでしたが、今回の合同ミーティングでこの話をすることは、ちょうど創立75周年を前にした時期でもあり、ほぼ2年前から決まっていたことでした。ただ、合同ミーティングの時点では資料集は完成しているだろうという前提であったわけですが、コロナ禍の影響で編集作業が遅れ、まだできていない資料集について話すという形になりました。
持ち時間が30分で、前の日に“リハーサル”をやったらどうしても30分を越えてしまうので、本番の時は逆に慌てたような話になってしまいました。最後の方で「迷い続けた75年」などとも言いましたが、古い文書を見ていると、児文協が決して昔から一枚岩でもなければ、かつてはみんな運動意識に燃えていたけれど今は失われている式の捉え方が大まちがいであることも見えてきます。逆に僕は「迷い続けた75年」、つまり協会が様々に試行錯誤を繰り返してきた組織だからこそ、4分の3世紀続いてきたのだと言いたかったのですが、あまりうまく話せませんでした。
◎榎本さんの話は、僕のようにOA関係に疎い人間にもよく分かる話で、リモートの利点と共に短所についてもなるほどという感じでした。榎本さんは専門学校などの講座でも、そうした両面を意識しながら、リモートをさまざまに工夫しながら活用されていて、すごいなと思う一方、これを協会に導入するのはなかなか大変とも思わされました。
また、今回は、初めて“グループ分け”というか、60人ほどの参加者が、12の部・委員会に別れてミーティングをする時間を設定したわけですが、一部の部では画像がうまく出なかったり、ということもありました。それでもともかく児文協でこうした形でイベントができるのは、今回も会議をリードしてくれた次良丸さん、西山さん、榎本さんがいるからで、感謝です。