「若い人からの手紙が教えてくれたこと」 繁内理恵さん

子どもと平和の委員会

このところ、声を失いそうになっていました。殺されていく子どもたち。すべてをなぎ倒し落とされていく爆弾。土足で他国を蹂躙して高笑いする邪悪さを、世界中が止められない現実。うちひしがれてばかりで、力が出ない。そんな私のところに、爽やかな新緑の色の手紙がとどいたのです。

 

昨年の春、群馬県太田女子高等学校新聞部に、丁寧なお手紙で取材の申し込みを受けました。拙著の『戦争と児童文学』(みすず書房)を読んでくださったのがきっかけで、連絡を頂いたとのこと。 Zoomで受けたインタビューは、7月18日号学校新聞「学友報知」に掲載されました。 <あれから〇〇年―戦争や震災を経ての「いま」を探る>という企画の一つ「語り部となる児童文学―終戦から80年―」です。

 

・ 「戦争を語り継ぐ」という点で、文学が、なかでも児童文学がもつ力とは何か。

・フィクションや物語が持つ重要性とは何か

・ 児童文学だからこそ伝えられることは何か

・戦時中の、戦争を助長するような文学と今の児童文学を比べてどう思うか

・戦争を風化させないために私たち高校生は何ができるのだろうか

 

このインタビュー内容の一部を見ただけでも、部員の皆さんとお話した時間が、どれだけ充実したものだったか、わかって頂けると思います。文学は、すべての壁を越えてゆくもの。心の壁、国境の壁、時間の壁。翻訳されて言語の壁も飛び越え、見も知らぬ人の心のなかにたどり着くことが出来る。 あなたも、私も、かけがえのない、ひとりの人間であるということを教えてくれる。特に、児童文学は、その越えてゆく力が強いということなどを、『彼岸花はきつねのかんざし』(朽木祥/佼成出版社)、ロバート・ウェストールの短編作品、『茶色の朝』(フランク・パヴロフ/ヴィンセント・ギャロ絵/藤本一勇訳/大月書店)といった作品を挙げてお話しました。そんな私の拙い話から、新聞部の皆さんは、「共感共苦(compassion)」という言葉、他者の痛みに想像を巡らせ心から理解しようとする心情を伴う知性のあり方に強い印象を持ってくださったとのこと。この言葉に若い人たちが共感してくれたことは、正直涙が出るほど嬉しかったのです。今ほど、この言葉が必要とされているときはありません。

 

しかし、冒頭に書いたように、度重なる邪悪な暴力をただ見せられているだけの日々が続いて、心はくたくたに疲れ果てていました。でも、どんなに疲れ果てても、日々のルーチンは回さなければいけない。体と心が空回りして悲鳴をあげ、塊がつかえたように喉かがふさがれてしまう。そんな感じです。そこに先日届いた手紙は、この号が、昨年11月にコンクールで上毛新聞社長賞を受賞されたということ、そして、手紙をくださった部長さんが、この春、大学の文学部への進学を決められたことを知らせるものでした。言葉と文学の力について学びたいと、心躍る春への思いが綴られていました。私はまたもや泣きました。すっくと伸びるアイリスのように、光に向かっていく若い力を潰さない責任が、大人にはある。無数の私を支えてくれる本たちのポリフォニーと共に、言葉をさがしていこうと思います。

 

「もう一つの世界からの帰路を

思い出せないあなたへ

わたしは告げよう、わたしは再び話すことができた、と。

忘却から蘇るものはみな

声をみつけるのだ、と。」

―「野性のアイリス」(『野性のアイリス』ルイーズ・グリュック/野中美峰訳/KADOKAWA)

 

子どもと平和の委員会 委員 繁内理恵