187、丙午の話(2026,1,5)
【古い話で恐縮ですが】
・今年の干支は午、それも今年は60年ごとにやってくる丙午です。実は、僕が 50年余り前に、大学を卒業して小学校教員になり、初めて担任した一年生が「丙午」の子たちでした(もちろん、早生まれの子は違うわけですが)。今回は、さすがにそういう騒がれ方はあまりされなかったように思いますが、丙午の年は、子どもの出生数が少なくなるのです。今スマホで検索して調べてみたら、1966(昭和41)年生まれ、つまり、僕の初めての教え子たちの場合ですが、前年に比べて、出生数が46万人少なく、これは約25%減に当たるということ。前年に比べて、4分の3になってしまったわけです。
これもスマホ情報ですが(初めて知りました)、元は、八百屋お七から来てるのですね。お七が丙午の生まれというところから、「丙午に生まれた女性は気性が荒く、夫の寿命を縮める」という迷信が広がったようです。男ならいいわけですが、どっちが生まれるかわかりませんから、ともかくその年は子どもを作ることを控えよう、ということになって、60年前は、上記のように、4分の1も少なくなった、というわけです。今年の場合は、さすがにそういうことを信じる人もいなくなったということもあるでしょうが、そもそも少子化ですから、ある意味、毎年丙午ともいえるかもしれません。
・それで、話を戻すと、僕は私立の小学校に勤めたわけですが、私立にとっては、前年比25%減というのは、当然入学志望者の減少に直結するわけで(まあ、学習院とか慶応の幼稚舎あたりなら別でしょうが)、言わば死活問題でした。多分、それに対する対策という側面もあったのだと思うのですが、僕が勤めた学校では、自閉症の子や情緒障害児と呼ばれる子も入学させる、いわゆる「統合教育」という試みに踏み切ったのでした。それ自体は立派なことですが、問題は、新任である僕がその担任になったことで、もちろんそのことは事前に校長から話を聞いていましたが、まあ、大変でした。
・今でも鮮烈に覚えているのは、入学式の日。校長が話を始めた途端、上記の情緒障害児の男の子がステージに上がっていき、講壇の中にもぐりこんだのです。連れ戻すべきか、そのままにしておくか(連れ戻した方がいいとしても、いかにも大騒ぎになりそうで)、僕が逡巡していた時、校長は、「人は一生懸命な時が一番美しいのです。〇〇君は、いま、うれしくてどうしようもなくて、一生懸命な気持ちを抑えられなくて、ここに上がってきたのでしょう」と何事もないように話を続け、(後で聞くと、中から“一生懸命”校長の足を蹴っていたそうですが)、僕はその様子と話の中味に感激しました。“先生一日目”のことです。
・その50年前の教え子たちの何人かとはグループラインがつながっていて、今も付き合いがあります。この2日に、「年賀ライン」がまわってきて、丙午の話になりました。それにしても、彼らが60歳か……、僕も年を取るはずだなあ……、と思った次第。でも、やりたいことはたくさんあるし、大変だったけど、50年前の教え子たちとつながっている幸いを、この新年に改めて感じさせてもらったことでした。