171、 (2025,7,15)岩崎京子さんが亡くなられました

理事長ブログ

【昨日の電話で】

・昨日、事務局から電話があり、岩崎京子さんが亡くなられたことを知りました。7月10日ということです。新聞等にはまだ出てないので、ご存じない方が多いかと、ここに書きました。大正11年生れの102歳、大往生と言えるでしょうが、割合最近、お会いした方から「お元気でした」という話を聞いていたので、残念でした。

・最後にお会いしたのは、いつだったでしょうか。多分10年は経っていないと思いますが、感想文コンクールの審査員としてご一緒していたので、毎年、その選考会と表彰式でお会いしていました。

岩崎さんといえば笑顔しか思い出せません。腰が低い、というか、「ごめんなさい、わたし……なの」という感じで、こちらが恐縮してしまうような口調で話しかけてきて、でも、いつのまにか岩崎さんのペースにはまっているのでした。しかし、その柔らかな雰囲気とは裏腹(?)に、作家魂というか、「書かずにはいられない」といった執念すら感じさせる方でもありました。

【国語教科書の「偏向」攻撃の際に】

・岩崎さんで、まず思い出すのは、1980年代初頭ですから、もう四十数年前になりますが、小学校の国語教科書が「偏向」していると、自民党などが大キャンペーンを張った時のことです。これは以前にも書いたと思いますが、国語教科書に載っている、いわゆる平和教材を中心に、半分くらいの教材や作家が「偏向」していると、攻撃されました。その中には、宮沢賢治や新美南吉さえ含まれていて、ほとんど笑い話のような感さえあったのですが、なにしろ政権党によるキャンペーンですから、空恐ろしい事態でもありました。

・この時、特にやり玉にあがったのが、複数の教科書に載っている、いわゆる共通教材ということもあって、「おおきなかぶ」と岩崎さんの「かさこじぞう」でした。どこが“偏向”しているかといえば、「おおきなかぶ」はソ連の民話だからダメ、「かさこじぞう」は貧乏物語で、昔話なら「桃太郎」とかがあるじゃないか、といった、本当にお話にならないような批判なのですが、どんなバカげた非難でも、繰り返されると力を持ってしまう、というのは、今現在の外国人排斥キャンペーンでも実感されることです。

もちろん、これに対しては、当協会を始めとして、多くの児童文学者が論陣を張ったわけですが、決定的だったのは、朝日新聞の夕刊に、当の「おおきなかぶ」と「かさこじぞう」の全文が掲載されたことでした。僕らからすると、これらが「偏向」しているなど笑ってしまうようなことですが、一般の人たち、特に大人の男性たちは、あまり絵本など見ていないので、「そう言われれば、そうかもしれない」と思ってしまうわけです。そこに、現物がまるまる載ったわけですから、誰が見ても、「偏向」といった非難が当たらないことが明々白々になったわけです。

・問題は、その掲載に当たり、当然ですが、作者の承諾が必要なことでした。「おおきなかぶ」の訳者の内田莉莎子さんにはすぐ連絡がついたのですが、岩崎さんがつかまりません。この作品掲載は急に決まったようなので、「明日載せたいのだが……」ということで、朝日の記者から、協会に電話があったのです。僕は1979年に協会の事務局員になりましたから、その2、3年後の話です。あわててあちこちに連絡したところ、どうやら岩崎さんは講演で九州に行っているらしい、というところまでは判明したのですが、行き先を突き止めるまでには至りませんでした。それで、朝日の記者に、「本人に連絡はつきませんでしたが、事後承諾でも、岩崎さんなら許してもらえると思います」という電話をしました。結構、勇気のいることでした。

その後、連絡のついた岩崎さんと、どんな話をしたかは覚えていません。きっと、「(連絡がつかなくて)ごめんなさい」と、向こうの方から誤ってもらったような気もします。

・岩崎さんといえば、世田谷のご自宅で、長く文庫を開いていたことも思い出されます。岩崎さんに、『子どものいる風景』というエッセイ集があり、文庫の話も出てきます。文庫を運営しているのは自分も含めて「おばさんたち」で、時に「おねえさん」も手伝ってくれるけど、「おにいさん」がいたらもっと楽しいはず、というようなことが書かれている「求む、おにいさん」というエッセイ。その最後に、大学の理工系の先生だったお連れ合いのことが書かれています。(以下、引用)

 

夫がある日、口をとがらせて帰ってきました。/「不愉快だ」/「まあ、どうしたんですか」/「そこで、『岩崎さんちのおばさんとこのおじさん』といわれた」/と、そこであらためて怒り出しました。岩崎というのは、もともと自分の姓で、おまえは後から入りこんだ、いわばよそ者じゃないか、というわけ。/「あーら、じゃ、野球でもやって相手してやったら? 『岩崎さんのおじさん』といわれるわよ」/私は勧誘しました。でも失敗でした。子どもならいいけど、文庫の若いお母さんたちがはずかしいということらしいのです。(引用、以上)

 

岩崎さん、長いこと、ありがとうございました。またご主人とバトル(?)を楽しんでください。