164、「一週間」のこと、二つの世界のこと(2025,4,25)

理事長ブログ

・勤めているわけではないので、連休も関係ないと言えばないのですが、協会にとっては、5月下旬の総会を前に、文学賞の決定や総会案内状の発送など、連休前は一番忙しい時期といえます。今年は、総会が31日なので、案内状の発送も5月に入ってからでいいかという話もあったのですが、5月から郵送料があがるということで(大口の客としてメール便などの料金が割引になっていて、その契約更改が5月から)、4月中に送らなければと、事務局は今日もその作業に追われていると思います。

【フレーベル館の「ものがたり新人賞」の贈呈式に】

・昨日は、出版クラプで、フレーベル館の公募「ものがたり新人賞」の贈呈式があり、原さんと行ってきました。第5回ということですが、僕は今回初めて参加しました。

大賞の他、優秀賞がお二人で、そのお一人の森川かりんさんは、第53期の児童文学学校の出身者です。受講することで刺激を受け、今回の受賞作(長編です)は、なんと一週間で書かれたのだそうです。 文学学校は53期ということですから、3期の卒業生の僕とは、ちょうど50年!の開きがあります。それはともかく、「一週間」で思い出したことがありました。

何度か書いたように、僕は学生時代、秋田の書店で『日本児童文学』に出会い、児童文学の創作や評論めいたものを書き始めたわけですが、当時「北川千代賞」という作品募集がありました。戦前から戦後にかけて活躍した作家、北川千代のご遺族からの委託を受けて始められた、協会としては初めての長編の公募賞でした。大学4年生の時に、これに応募したのですが、それが「藤本和恵の一週間」という作品でした。(「藤本和江」だったかも。)

学生時代、僕はセツルメントという地域の子ども会活動のようなサークルに入っていたのですが、そこで出会った中学生の女の子とお母さんがモデルでした。中身はかなりうろ覚えですが、ある種学校批判の物語ではあったと思います。お母さんから話を聞いて、「ひどいな」と思ったことが題材で、そうした学校、教師に対して、母と娘が対峙していく話でした。第一章の「月曜日」から始まって、最後の「日曜日」で終わるという構成だったので「藤本和恵の一週間」、一週間で書いたわけではありません。それでも、二、三週間では書いたような気がします。集中力のなせる業ですね。

僕としては初めて書いた長編で、候補にもまったくあがりませんでしたが、その次の年、留年して二回目の四年生の時に書いた「雪咲く村へ」が、前に書いたような経緯で、那須正幹さんのおかげで、僕の最初の本になったわけですから、かなりにトレーニングにはなった作品だったと思います。森川さんの「一週間で書いた」という話を聞いて、久しぶりに初めて書いた長編作品のことを思いだした、という次第でした。

【再び、絵本『やくそく』のこと】

・先週の金曜日、18日ですが、那須さんの絵本『やくそく』の絵を描いていただいた武田美穂さんや、ポプラ社の担当編集のお二人においでいただいて、著作権管理委員会とのメンバーの「慰労会」をしました。その前の日だったか、朝、犬の散歩をしていて、この作品の“意味”について、ふっと頭に浮かんだことがありました。

僕が那須作品と出会ったのは、『屋根裏の遠い旅』という作品で、これは現代の小学6年生の男の子二人が、「日本が太平洋戦争に勝利した世界」に迷い込むという、パラレルワールドの手法を使ったSF的な作品です。この偕成社文庫版の解説は僕が書いていますが、本当に刺激を受けた作品でした。この作品や、上記の武田美穂さんとのコンビの絵本『ねんどの神さま』など、那須さんの作品は、いろいろな意味で“仕掛け”を感じさせる作品が多いのです。その点、今度の『やくそく ぼくらはぜったい戦争しない』は、ストレートというか、良くも悪くも“仕掛け”を感じさせない作品で、敢えて言えば、僕はそこにちょっと物足りなさも感じていました。

ところが、犬の散歩の途中(笑)、ふと思ったのは、この作品のおばあちゃんも、パラレルワールドというか、「二つの世界」を生きているのではないか、ということでした。主人公の男の子のおばあちゃんは、子どもの時に被爆して、両親やお兄さんを失くしています。そして、この頃は、亡くなったお兄ちゃんと主人公の男の子との区別がつかなくなっているのです。つまり、おばあちゃんは、主人公の男の子がいる「こちら側の世界」と、お兄ちゃんが生きている「もう一つの世界」との、両方に身を置いているわけです。これもある種のパラレルワールドの世界であり、戦争で身内を失くした多くの人が、実はそうした二つの世界の中で時間を過ごしてきた、といえるように思うのです。そんなふうに考えて、僕の中で、今度の絵本『やくそく』が、改めて那須正幹作品として立ち上がってきたように感じられました。まだのかたは、ぜひ手に取って、お読みになってください。