154、“旅する”かいけつゾロリ(2025,1,15)
【インフルエンザが……】
・報道によれば、今年のインフルエンザの患者数は、統計を取って以来最高というのですが、我が家もすっかりその数に貢献?していて、前のブログにカミさんが熱を出してという話を書きましたが、やはりインフルエンザ、何日かして治ったあたりで娘が、そして昨日あたりから孫娘が、という具合です。僕はワクチンを打ったせいか、今のところ無事ですが、カミさんもワクチンは打っていたので、次は僕かもしれません。
そんなわけで、今回は看病の隙間?で手短かに。
【「かいけつゾロリ」を読みました】
・先週、必要があって、二つの図書館に行き、「かいけつゾロリ」を読みました。なにしろ74巻(他にもスピンオフ的な本も)ありますから、二日かけても、到底読み切れませんでしたが、改めて、このシリーズのことがわかってなかったなと思い至りました。
僕はこれまで74冊のうち、何冊読んだでしょうか。版元のポプラ社から献本として送ってきますから、まあ四分の一くらいは目を通していたでしょうか(まさに「目を通す」程度でしたが)。ですから、そのおもしろさというか、ゾロリを始めとするキャラクターの魅力や、ギャグのパターンのようなものは、ある程度理解していたつもりでした。それはそうなのですが、今回(何を今更、と言われそうですが)改めて認識したのは、ゾロリが「旅する(あるいは遍歴する)ヒーロー」だという事実でした。
・ゾロリが、元々はみづしま志穂さん(40年前の協会新人賞の受賞者です)の「ほうれんそうマン」の敵役だったことは有名ですが、今回まずはその「ほうれんそうマン」を読んでみました。シリーズ最後の『ほうれんそうマンのゆうれいじょう』の最後のページで、三度笠に振り分け荷物のゾロリが、「オレさまは これから いじめの しゅぎょうと およめさんさがしの たびに でるぜ」と告げています。この本は1987年6月の刊行ですが、「いじめ」が社会問題になっていた80年代に、あえて「いじめの修行」と宣言するあたりに、作者の「建前を壊せ!」という意図を感じますが、「かいけつゾロリ」の一冊目『かいけつゾロリのドラゴンたいじ』(同年11月)の最初のページに、再びあの姿のゾロリが登場し、「そうです。いたずらの しゅぎょうで たびに でた、あの ゾロリです」と、紹介されます。
「いじめの修行」が「いたずらの修行」になったのが、ちょっと微妙。あるいは、編集者のチェックが入ったか? それはともかく、修行とお嫁さん探しの旅となれば、これは中世の騎士道物語のパターンといえるし、日本版「ドン・キホーテ」ともいえるかもしれません。
・もう一つ思ったのは、上記の第一巻で、双子のいのしし、イシシとノシシが従者になるわけですが、二人の従者を従えての遍歴(漫遊の旅)となれば、これは水戸黄門の系譜を引く、ともいえると思いました。物語の枠組みというのは(特に、こういう長く続くシリーズ物の場合)、多かれ少なかれ既存の物語の系譜を何らかの形で引き継いでいる場合が多いわけで (「ドラゴンボール」が「南総里見八犬伝」を連想させるように)、正月から、なにか大発見(?)したような気分になれたのでした。
・これは編集委員の一人だった「今日はこの本読みたいな」の一冊、『遠くへ行きたい日に読む本』の解説に書いたことがありますが、僕は子どもの頃、映画、特に時代劇を見ていて、そのかなりの作品が、主人公が旅するヒーローなのですね。(西部劇にも、似たパターンがあるか。)
主人公は、誰かの苦難を助けて颯爽と去っていくわけで、大体、若い女性がその後ろ姿を涙顔で見送るというパターンなのですが、それを見ながら、子ども心に、「せっかく助けてあげて感謝されてるんだから、ここに残ればいいのに……」と思うことしきりでした。
さてはて、ゾロリの旅はいつまで続くのでしょうか。