137、奈良教育大付属小学校のこと(2024,7,15)

理事長ブログ

【昨日の集会に】

・昨日、14日(日)ですが、北区王子の北とぴあで、標題の奈良教育大学付属小学校をめぐる“事件”についての集会があり、参加しました。この件、ご存じの方はあまり多くないかもしれませんが、僕がここ一、二年のニュースの中で、一番危機感を抱いたというか、「ヤバい」と思ったできごとでした。なので、協会に毎号届く日本子どもを守る会の雑誌『子どものしあわせ』に同封されていたチラシを見て、行ってみようと思いました。主催は、「人権と民主主義の教育をめざすネットワーク」という団体で、集会のタイトルは「学校はだれのためにあるのか~奈良教育大付属小の問題から考える~」。このタイトルにも惹かれました。

・この“事件”は、今年の1月あたりから報道されましたが、奈良教育大学付属小学校で行われている教育が、学習指導要領に則ってないなど“不適切”な点が多く指摘され、多くの教員を「出向」という形で転勤させ、つまり先生の大半を入れ替えようとした“事件”でした。教育大は国立ですからその付属小学校も国立。ですから県内の公立小学校に移るとなれば、「転勤」ではなく「出向」という形になるわけです。さすがに首を切るわけにはいかないでしょうから、付属の先生たちをバラバラにして、これまでのような教育ができなくなるようにする、という明らかな意図を感じさせます。

・国立の教育系の大学、学部には必ず付属の小中学校や特別支援学校があり、僕も秋田大学教育学部に在学中、付属中学校で教育実習をしました。以下、僕の知識不足で正確でない部分があるかもしれませんが、ここは国立ですから、他の公立(小中学校の場合はほとんど市町村立)のように、県の教員採用試験を受けてそこの教員になるという形ではありません。僕の認識では、大学付属の学校の先生というのは、公立学校でかなり実績を積んだ人が“スカウト”されて付属の先生になる、というイメージでした。

いずれにしても、付属小中というのは、ある意味特別な存在で、そこではある程度実験的な試みなども行われ、その成果が県内の小中学校に返されていく、という位置づけで、またそうでなければ、公立の小中と違う国立の小中学校が、各県に一校ずつある意味がないわけです。

【なにが“不適切”だったのか?】

・ことの(直接的な)始まりは、23年4月に、新しい校長が赴任してきたところからのようです。元々付属小中の校長というのは、大学の教育学部の教授が交替で務めるのです。例えば、僕が教科書の編集委員で長くご一緒した国語教育の浜本純逸先生は、神戸大学教育学部の教授で、付属(小学校だったか中学校だったか)の校長も務められ、それは先生の研究活動にとってもとても有意義な時間だったようです。つまり、付属の校長というのは、直接の管理職というよりも、大学側と小中学校をつなぐ、そしてその研究活動を専門的な立場から励ますような立ち位置で、実際の現場を取り仕切る人としては、教頭(時代や学校によって、副校長だったり、主任という呼ばれ方もあるようですが)がその任に当たったわけです。ちなみに(話があちこちに飛びますが)歴史ものを中心に書かれた作家の岸武雄さん(故人)は、長く岐阜大学付属学校の主任を務められました。

ところが、今回初めて知ったのですが、今はそういう形ではないのですね。校長は県の教育委員会から送り込まれ、その人は(まあ、いろんなケースがあるのでしょうが)教員経験は全くない人、つまり純粋に行政職の人だったということです。そして、着任早々、「すべての決裁権は校長にある」ということで、5月には、県の教育委員会が付属小学校の教育内容について調査したいと言っている、ということで、「調査」が始まったということのようです。これを受けて大学内に調査委員会が設置され、その報告の中で“不適切”な内容が指摘されてということでした。

では、何が不適切かというと、「学習指導要領に示されている内容の実施不足(授業時数、履修年次など)」「教科書の未使用等」「職員会議と校長の権限などの管理運営面」ということで、学校を管理したい側が眉をひそめるようなことはあるとしても、学校の主役である子どもが困るようなことは一つもありません。しかも、これを理由に、19人の教員を「出向」させるという方針を打ち出したというわけで(一学年3クラスという規模のようでした)、ほとんど学校をつぶしかねないような乱暴な措置です。(抗議などを受けて人数は減らしましたが、この4月その半数ほどが実際に「出向」させられた、ということでした。)

【感じたこと、考えたこと】

・この“事件”の経緯や、そもそも奈良教育大学付属小学校の先生たちがどんな教育活動を積み重ねてきたのか、という点については、「奈良教育大付属小を守る会」のホームページなどをご参照ください。

ここには、3月4日付で、多くの教育研究者によって出された声明「ゆたかな教育の実現をめざして」なども紹介されています。

・冒頭に書いたように、僕がこの件を「ヤバい」と思ったのは、1980年代の自民党などによる小学校国語教科書の「偏向」攻撃を思い出した、ということがあるかもしれません。実際、集会の資料で紹介されていた自民党の赤池参議院議員(文科省の政務官などを歴任)のブログ24年1月2日付(ですから、報道されてまもなく)では、次のように書かれています。

〈奈良教育大学が調査の結果、明らかにした不適切事項は、学習指導要領に示されている内容の実施不足、具体的には毛筆指導、道徳、外国語などの授業時数・履修年次・評価の実施不足や教科書の未使用等があり、さらに職員会議の決定権が強く校長の権限を制約していることなどです。まさに、左翼全盛時代の教育現場が、いまだに続いていたということです。〉

・上記の教科書「偏向」攻撃の際は、「おおきなかぶ」が「ソ連の民話だから」、「かさこじぞう」が「貧乏物語だから」、はては宮沢賢治や新美南吉まで攻撃される始末でした。こうした非難は乱暴ですが、結構耳に入ってくる面もあり、奈良教育大付属小学校で、子どもたちのために実践を積み上げてきた先生たちの困惑と大変さは、察して余りあるものがあります。

「学校はだれのためにあるのか」、まさに原点を見据えながら、子どもの本にかかわるものとして、なにかしらできることはないかと思いつつ、会場の北とぴあを後にしました。