岡山セミナー通信 No.3 ~吉備路に思いをはせる~

組織部

職場の近くには、日本で4番目に大きい前方後円墳「造山古墳」があります。誰もが自由に立ち寄れる古墳としては、国内最大級です。この規模は、吉備の王がヤマトの大王に匹敵するほどの力を持っていた証ではないかと言われています。

築造は5世紀前半と見られ、墳長約350メートル。そしてその一部を再現する工事が始まりました。表土には地元産花崗岩の葺石(ふきいし)を敷き詰め、1段目と2段目の境の平面部分には、埴輪の複製品を100基余り並べる予定だそうです。2027年までに5億5千万をかけて取り組まれる予定です。

 

造山古墳にちなんで、『古墳祭り』というイベントが、4年に一度開催されています。

近隣の中学校のブラスバンド部や、農業高校の手作りジャムやゼリーの出品、地域で活動する民謡グループの三味線と唄など、大勢の人で盛り上げて、造山古墳のことをみんなに知らせて、大切に守ろうという気概が感じられます。

「造山古墳ビジターセンター」で、パネル展示による解説が展示されていますが、「古墳せんべい」を買って、素朴な甘さを楽しむこともできます。

他にも、付箋などのグッズがいろいろつくられているそうなのですが、イベントの時などにしか買えない「まぼろしの」グッズです。

 

造山古墳のすぐ近くには、備中国分寺の五重塔があります。ここもまた、すぐ目の前に「吉備路もてなしの館」という施設もあり、地域の特産品を買ったり、お食事をとったりすることもできます。周辺の田んぼは「吉備路風土記の丘」と名付けられ、早春には菜の花で一面が黄色となり、それに続いてレンゲでピンクに染まります。カメラマンの皆さんが、あちらこちらでシャッターを押す姿を見ることができます。

 

「ももたろう」のモデルとなった大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)を主神とする吉備津神社、その墓とされるのが中山茶臼山古墳。温羅が悪事をはたらくとして、朝廷から派遣されたのが吉備津彦命で、温羅と矢の打ち合いをして、両者の矢が絡み合って落ちた場所が「矢喰宮」(やぐいのみや)。吉備津彦が放った矢のうち、1本は温羅の左目に刺さり、その時温羅が流した血が血吸川になる。温羅が雉になって逃げると、吉備津彦が鷹となって追い、温羅が鯉となって血吸川に潜ると、吉備津彦は鵜となって鯉を飲み込んだ。そこが「鯉喰神社」(こいくいじんじゃ)とされる。

 

このように、周辺にはたくさんの伝説が残り、エピソードに事欠きません。古代の物語に思いをはせつつ、この地に残る建物・地形・遺物などをめぐってみてはいかがですか?

是近知恵子

 

 

参考:山陽新聞 2024年1月15日 2面 社説/『最新 岡山検定公式参考書 コンパクト版』 吉備人出版編集部編 吉備人出版